――ここはあの世の庭園。澄み渡る空の下、三人の男が卓を囲んでいる。
集まったのは、源実朝、足利義満、徳川家光。いずれも「幕府の三代目」だった男たちである。しかし、その立場はそれぞれ大きく異なっていた。
義満と家光は、それぞれの幕府の盤石な基礎を築いた名君として評価されることが多い。一方で、実朝はその志半ばで暗殺され、鎌倉幕府はやがて執権・北条氏のものとなってしまった。
まず、口を開いたのは実朝だった。
「いやはや、お二人と比べてしまうと、私はなんとも情けない三代目でしたな。」
柔和な笑みを浮かべながらも、その声にはどこか自嘲が混じる。
「情けないなどと、卿が言うことではない。」義満がすぐさま否定した。「そもそも、暗殺されるとは、それだけ卿が権力を握る存在として認識されていた証拠だろう。」
「そうそう。」家光も頷く。「北条に好き放題されていたら、むしろ暗殺されることすらなかったかもしれない。だが、あんたは生きていたからこそ狙われたんだ。」
「はは、そう言われると少しは気が楽になります。」実朝は苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。「しかし、私は結局、幕府の実権を北条に奪われてしまった。お二人のように強い権力を築くことはできなかったのです。」
義満が涼しげな顔で盃を傾ける。「実権を握ることができなかったのは、卿が悪いのではない。時代の流れというものもある。源氏の血筋があまりに希薄になりすぎたこと、御家人たちの間に政権を支える強固な基盤がなかったこと、それらの積み重ねが問題だったのだ。」
家光も頷く。「実際、俺も祖父・家康公と親父・秀忠公の代でしっかりとした土台を作ってもらえたからこそ、幕府を盤石にできた。もし、あんたの前に北条氏のような有力な一族がいなかったら、話は違ったかもしれないぜ。」
「お二人とも、お優しい言葉をかけてくださる……。」実朝は目を伏せながらも、静かに微笑んだ。
義満はそんな実朝を見つめながら、ふと呟いた。「しかし、卿は武士でありながら和歌に傾倒し、政治に対して積極的とは言えなかったのではないか?」
実朝は静かに頷いた。「確かに、私は政治よりも和歌を愛しました。武士の棟梁でありながら、都の文化に憧れ、和歌を詠むことに喜びを見出していました。結果として、それが御家人たちの反感を買ったのかもしれません。」
「ふむ。」家光は腕を組んだ。「まぁ、三代目ってのは、初代や二代目が築いたものをどう活かすかが肝心だ。あんたは鎌倉幕府を京都風にしようとしたが、それはあの時代の武士たちには受け入れられなかった。要するに、時代に合わなかったってことだな。」
「そうかもしれませんね。」実朝は肩をすくめた。「しかし、それでも私は自分の生き方を貫いたつもりです。武士でありながらも、歌を詠み、文化を愛することに何の矛盾があるのかと思っていました。」
「まぁ、そこが問題だったのだろうな。」義満は微笑を浮かべた。「私は文化を愛したが、それと同時に武士の支配体制を盤石にすることも忘れなかった。公家の文化を取り込みながらも、それを武家の権力強化に利用したのだ。」
家光も頷く。「俺も公家文化を尊重したが、それは幕府の威厳を高めるための手段だった。実朝殿は、文化そのものを目的にしてしまったのかもしれないな。」
「なるほど……。」実朝はしばし考え込むように目を閉じた。
義満が盃を掲げる。「しかし、歴史というのは皮肉なものだ。幕府の三代目が、ここにこうして揃って語らう日が来るとはな。」
「そうだな。」家光も盃を掲げる。「三代目がしっかりしないと、幕府は続かない。まぁ、実朝殿の場合は……運が悪かったとしか言いようがないな。」
「はは……そうですね。」実朝は苦笑しながらも、盃を掲げた。「では、幕府の三代目たちに乾杯といきましょうか。」
「よし、乾杯だ。」
「乾杯。」
盃が重なり、あの世の静寂に小さな音が響いた。
三代目たちの歴史はそれぞれ違えど、ここでは同じく時代を築いた者として語り合うことができる。
それが、あの世の醍醐味というものなのかもしれない。
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