――あの世、静かな庭園。松の木々が風に揺れ、小鳥がさえずる中、一人の武将が庭の縁側に腰掛けていた。黒の直垂(ひたたれ)に、精悍な顔つき。室町時代後期の名将、太田道灌。
そこへ、あの世の記者が現れる。手には筆と巻物。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。」記者が深く礼をする。
「うむ、構わぬ。」道灌は軽く頷いた。「それで、何を聞きたい?」
「道灌様が築かれた江戸城についてです。後に徳川家の居城となり、さらには明治時代以降、**天皇陛下の御所(皇居)**となるなど、日本の中心地となりました。そのことについて、どうお感じでしょうか?」
道灌は少し目を見開き、静かに息を吐いた。
「……まことに、世の移り変わりとは面白いものよのう。」
記者は筆を走らせながら、道灌の言葉を待った。
「我が生きた時代、江戸など、ただの寒村に過ぎなかった。だが、私はこの地に可能性を見出したのだ。関東の要として、ここに城を築けば、東国を守る砦となる。その思いで、江戸城を築いた。」
「まさに先見の明があったということでしょう。」
「ふむ。しかし、その後、北条氏の時代に江戸城は取られ、我が一族の力は消えていった。」道灌は苦笑する。「ならば、私は己の築いた城がそのまま朽ち果てるものと思っていた。」
「しかし、その後……」
「徳川家康が入ったのだな。」道灌は遠くを見つめる。「あの男、ただ者ではないな。」
記者は頷く。「はい。徳川家康公は江戸城を大規模に改築し、天下の将軍の居城としました。そして、江戸の町を発展させ、ついには世界有数の大都市にまで成長させました。」
「……我が見た夢の続きを、家康が見たか。」道灌は静かに呟く。「ならば、私の志は決して無駄ではなかったということよな。」
記者はさらに筆を進める。「さらに明治維新の後、徳川将軍家は政権を失い、江戸は東京と改名されました。そして、江戸城は天皇陛下の御所――現在の皇居となっています。」
道灌はしばし沈黙した。やがて、微かに笑みを浮かべる。
「面白い。まことに面白い。」
「驚かれましたか?」
「いや、むしろ喜ばしい。」道灌はゆっくりと言葉を選ぶ。「江戸城は、もはや単なる武将の居城ではない。天下人の城となり、さらにはこの国の象徴たる天皇が住まう場所となったのだろう?」
「はい。」
「ならば、これ以上の栄誉があるか?」
道灌は誇らしげに微笑んだ。「我が築いた城は、日本の中心となったのだ。これほどの誇りはない。」
記者は最後の筆を走らせた。「ありがとうございます、道灌様。あなたの志が、時を超えて日本の中心となったこと、後世の人々も知るべきでしょう。」
道灌は立ち上がり、遠くを見つめた。「江戸城は生き続ける。そして、そこに集う者たちが、この国を作るのだ。……それでよい。」
風が静かに吹いた。あの世においても、太田道灌の心は、なお江戸の城と共にあった。
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