関ケ原の戦いは、わずか一日のうちに決着した。

勝者は――徳川家康。

敗者たちは散り散りに滅び、あるいは降り、あるいは歴史の闇へと消えていった。
そして、勝者には新たな秩序を築く責務が課される。

戦後処理――論功行賞。

その舞台となった伏見城には、連日、諸大名が参集していた。

***

その日、城内の一室に三人の姿があった。

日向国・宮崎を治める野比家当主、野比のび太。
その嫡子、野比ノビスケ。
そして、執政――ドラえもん。

座敷牢から解き放たれてなお、のび太の顔色は青い。

「……だ、大丈夫かなぁ……」

「しっかりしてください、父上」

ノビスケが小声でたしなめる。

だが、本人はそれどころではない。

「だって相手はあの家康だよ!? 絶対怒ってるってぇ……!」

その言葉どおりだった。

やがて一同は、謁見の間へと通される。

上座には、天下人が座していた。

徳川家康。

その視線は鋭く、すべてを見透かすようだった。

「……美作守殿」

低く、重い声が響く。

のび太の背筋が凍りついた。

「このたびは……いろいろとあったそうじゃの?」

「……い、いやぁ……そのぅ……💦」

しどろもどろ。

視線は泳ぎ、声は震え、言葉はまとまらない。

(終わった……絶対バレてる……!!)

野比家中で起きた騒動――主君押込。

そのすべてを、この男は知っている。

そんな確信が、のび太の心を締め付けていた。

まさに、蛇に睨まれた蛙。

場の空気は張り詰め、誰も動けない。

――そのとき。

「コホン」

小さな咳払いが響いた。

前に進み出たのは、ドラえもんである。

「恐れながら、内府様に申し上げます」

落ち着いた声。

微塵の動揺も見せない。

「然程のことは、何も起こっておりません」

その一言に、空気が変わる。

家康の目が、ドラえもんへと向けられた。

「……ほう」

ドラえもんは続ける。

野比家の参陣遅延は、兵糧輸送と兵の再編による戦略的判断であったこと。
その裏で徳川方への物資供給を行い、忠誠を示していたこと。

すべてを、筋道立てて語っていく。

言葉に淀みはなく、論理に隙もない。

しばしの沈黙の後――

家康は、ふっと口元を緩めた。

「その方が、野比家にその人ありと噂されるドラえもんか」

「恐れ入り奉ります」

深く一礼。

「……なるほど」

家康はまじまじとその姿を見つめた。

丸い顔、青い体、どこか愛嬌のある風貌。

そして、ぽつりと呟く。

「確かに……狸に似ておるのぅ」

「……!」

ドラえもんの眉がぴくりと動く。

「……ボ、ボクは狸じゃない!!💢」

思わず声を荒げた。

――しまった。

顔が青ざめる。

「……っ、こ、これはご無礼を!!💦」

平伏するドラえもん。

だが――

家康は大きく笑った。

「よいよい」

豪快な笑い声が広間に響く。

「世間から狸呼ばわりされておるのは、儂も同じよ」

その一言で、場の緊張は和らいだ。

ドラえもんは静かに頭を下げたまま、胸をなで下ろす。

(助かった……)

***

やがて、家康は視線をのび太へ戻した。

「ところで、美作守殿」

「は、はいぃっ!」

びくっと肩を震わせる。

「顔色がすぐれぬようじゃな」

「え……?」

「きっと、体調がお悪いのであろう」

穏やかな口調。

だが、その奥にある意図は明白だった。

「ここで嫡子に家督を譲り、隠居されてはいかがかな?」

静かな、しかし絶対的な圧。

断る余地などない。

「……は、はぁ……」

のび太は力なくうなずいた。

こうして――

野比のび太は隠居を余儀なくされる。

***

代わって前に進み出たのは、ノビスケ。

堂々とした所作で、深く頭を下げる。

「家督相続のお許し、ありがたき幸せにございまする」

その声には、迷いはない。

「つきましては内府様、この機に諱を改めとう存じます」

「ほう」

家康が興味深げに問う。

「何とする?」

ノビスケは顔を上げ、はっきりと言った。

「織田信長公の一字を頂き――信亮と」

一瞬の静寂。

そして、家康はうなずいた。

「よかろう。差し許す」

その声には、確かな評価があった。

「その方を従四位下・日向守に任ずる。今日より、野比日向守信亮と名乗るがよい」

「ハハーッ!」

深々と平伏する。

「恐悦至極に存じ奉りまする!」

***

こうして、野比家の本領安堵は無事に成った。

新たに誕生した大名――野比信亮。

彼は宮崎藩初代藩主として、二十六万石を領する国持大名となる。

その後、幾多の時代の変転を経ながらも、野比家は存続し続けた。

そして――

明治の世、廃藩置県に至るまで。

一つの家が、乱世を生き延びた裏には。

未来を知る一体のロボットと、苦渋の決断があったことを。

知る者は、少ない。