宇宙暦819年――。
多元世界暦1600年、慶長五年六月。
地球連邦首都・マクロスシティは、未曾有の出陣を前に熱気に包まれていた。
銀河を覆う巨大な軍港では、無数の戦艦が発進準備を進めている。
旗艦の艦橋に立つのは、地球政権五大老の一人――内大臣・徳川家康。
家康は、機械生命体による強大国家、ブルドント2世率いるマシン帝国バラノイア征討のため、大軍を率いて西へ向かおうとしていた。
「出陣じゃ」
その一声とともに、東軍艦隊は宇宙へと旅立った。
――だが。
家康が地球を離れた、その隙を狙う者たちがいた。
かねてより反徳川勢力を糾合していた若き指導者、アスラン・ザラである。
彼はグラード財団総裁・城戸沙織――すなわち聖闘士を率いる女神アテナを総大将として擁立し、西軍の旗を掲げた。
その報は、一瞬で全宇宙を駆け巡る。
東軍か、西軍か。
中立は許されぬ。
銀河は、二つに割れた。
***
その頃――。
日向国・宮崎城。
南国の陽光が差し込む天守の一室で、一体の青いネコ型ロボットが、深刻な顔で腕を組んでいた。
ドラえもんである。
「……始まっちゃったか」
ドラえもんは、静かにため息をついた。
彼には分かっていた。
この戦の結末を。
なぜなら彼は、二十二世紀からやって来た未来のロボットだからである。
この乱――後に「関ケ原の戦い」と呼ばれる大戦は、最終的に東軍の勝利で終わる。
しかも、その決定打となるのは、西軍大名の寝返りだ。
ザンギャック帝国の若き皇帝、ワルズ・ギルが土壇場で徳川方へ転じ、西軍は総崩れとなる。
未来は、すでに決まっている。
だからこそ。
ドラえもんには絶対に避けねばならぬ事態があった。
――野比家の没落である。
この時代、薩摩を治める島津家と国境を接する日向国を治める野比家は決して大大名ではない。
だが、ここで判断を誤れば、一族そのものが歴史から消える。
「何としても東軍につかせないと……!」
ドラえもんは決意を固め、主君のもとへ向かった。
***
宮崎城・御座の間。
野比家当主、野比のび太は、いつものようにぼんやりと庭を眺めていた。
そこへドラえもんが駆け込む。
「のび太くん! 大変だよ! 西軍が挙兵したんだ!」
「うん、聞いたよ」
のび太は気の抜けた返事をした。
「でも僕、戦争って嫌いなんだよねぇ……」
嫌な予感がした。
「だから野比家は中立! どっちにもつかない!」
ドラえもんは凍りついた。
「……え?」
「だってその方が平和じゃない?」
のび太は悪気なく笑った。
「戦わなければ誰も傷つかないし――」
ドラえもんは頭を抱えた。
(ダメだ……この人、何も分かってない……!!)
乱世に中立など存在しない。
そんな態度を取れば、東軍からも西軍からも「敵か味方か分からぬ危険分子」と見なされるだけだ。
しかも、東軍は勝つ。
敗者に味方しなくとも、「曖昧だった者」は必ず粛清される。
野比家は終わる。
「どうしよう……どうしよう……」
夜。
ドラえもんは重臣たちを密かに集めた。
集まったのは、才気あふれる軍師・出木杉英才、剛勇無双の武辺者・剛田武、そして策謀に長けた財務奉行・骨川スネ夫。
重苦しい空気の中、ドラえもんは切り出した。
「……もう、やるしかない」
「まさか」
出木杉が目を細める。
ドラえもんは苦しげにうなずいた。
「主君押込だよ」
空気が凍った。
主君押込――。
すなわち、家臣団が主君を強制的に隠居・幽閉し、政治権力を奪う非常手段である。
「でもよぉ」
ジャイアンが腕を組む。
「のび太のやつ、戦なんかできねぇしな」
「だからこそ問題なんだ」
出木杉が静かに言った。
「この状況で中立を掲げれば、野比家そのものが滅ぶ」
スネ夫も小さく肩をすくめる。
「ボクは死にたくないからねぇ」
長い沈黙の末――。
ドラえもんは、震える声で言った。
「……ごめんよ、のび太くん」
***
翌朝。
のび太は家臣たちによって座敷牢へ連行された。
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ!?」
のび太は涙目で暴れる。
「ひ、ひどいよドラえもん!!」
格子越しに、ドラえもんは苦しげな顔を向けた。
「ごめん……本当にごめんよ」
「僕はただ平和にしたかっただけなのにぃ……!」
「でも」
ドラえもんは目を伏せた。
「全部、野比家のためなんだ」
のび太のすすり泣きだけが、暗い牢に響いた。
***
その直後。
ドラえもんは密使を上方へ走らせた。
宛先は、のび太の嫡男――野比ノビスケ。
密書には、ただ一文。
『直ちに東軍に付くべし』
しかし、この時ノビスケは独断で西軍に属していた。
若さゆえの判断である。
だが、ドラえもんは冷静だった。
彼は銀子五百貫を投じ、家臣たちに命じて尾張から関東にかけて米を買い占めさせる。
物流を握ることで、徳川方への忠誠を示したのである。
さらに、宇都宮にいた徳川秀忠へ、買い占めた米の目録を送付。
そして家康にも、「野比家に異心なし」と印象づけることに成功した。
未来を知る者だけが打てる、先手先手の策であった。
やがて――。
関ケ原本戦が始まる前。
ドラえもんはついに、ノビスケ軍を西軍から離脱させることに成功する。
歴史の大河は、わずかに流れを変えながら、それでも既定の未来へと向かって進んでいくのだった。
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