多元世界暦一五八二年/宇宙暦八〇一年/新帝国暦三年七月二十六日。
銀河に覇を唱えた若き覇王、ラインハルト・フォン・ローエングラムは、わずか二十五年の生涯を「変異性劇症膠原病」によって閉じた。

その報せは、光年の彼方――信濃星系・小県の地にも届く。

山城の一室。薄暗い書院に、静かな緊張が満ちていた。
国衆・真田昌幸は、差し出された書状を受け取り、じっと目を落とす。文面を追うその視線は冷静そのものだが、その奥底では何かが渦巻いていた。

やがて昌幸は、ゆっくりと顔を上げる。

「用件、しかと承った。遠いところご苦労でござった」

柔らかな声音。しかしそれは、相手を油断させるための仮面に過ぎない。

「今夜は当家で湯にでも浸かって、ゆるりとなさるがよい」

だが使者は、即座に首を横に振った。

「その儀は無用にございます」

間を置かず、傍らに控えていた嫡男・真田信幸――DSTの教官を勤め終えたのち、実家に帰っていた初代サムライトルーパー、烈火のリョウこと真田遼三郎(後の松代藩初代藩主・真田信之)が口を開く。

「ご遠慮召さるな」

「他の国衆の方々にも文を届けねばなりませぬゆえ、これにて御免!」

使者は礼もそこそこに踵を返そうとする。だが――

「その書状は儂が預かっておく」

低く、しかし抗えぬ圧を帯びた声が、背中に突き刺さった。

使者が振り返る。

「なんと!? しかしそれでは私が主命に逆らうことになります」

昌幸の目が、わずかに細められる。

「まあそう言わず、十日ほどゆっくりとな」

その一言は、もはや命令だった。

「……な、何をする!? 放せ!!」

次の瞬間、左右から現れた真田の家臣たちが使者の腕を掴み、強引に連れ去っていく。
障子の向こうへ消えるその声は、やがて完全に途絶えた。

室内に残るのは、沈黙と、重苦しい空気だけ。

信幸が、静かに問う。

「父上……エルウィン・ヨーゼフ2世は何と?」

昌幸は書状をひらりと揺らし、鼻で笑うように言った。

「ラインハルトが死んだゆえ、義によって味方せよと申してきおった」

その言葉には、露骨な嘲りが混じっていた。

「この書状は燃やしておけ」

そこへ、家臣の高梨内記が進み出る。

「殿、好機到来にございますぞ! ラインハルトが死んだとなれば、もはや帝国など恐るるに足らず! 今すぐ兵を挙げ、沼田と岩櫃の城を取り返しましょう!」

昌幸は一瞬だけ思案し、やがて短く命じた。

「国衆たちを急ぎ集めよ」

「はっ。帝国の駐留軍司令官はいかがいたしますか?」

「呼び出しがないということは、まだラインハルトの死の報せは届いておらぬのであろう。そのままでよい」

「承知いたしました」

高梨は深く一礼し、足早に退出する。

障子が閉まり、室内に再び静寂が戻った。

昌幸は、しばし無言で座していた。
やがて――

「……行ったか?」

「はい……」

その確認の直後だった。

「チキショー!!!!!!」

突如として、昌幸は絶叫とともに立ち上がった。

信幸が思わず息を呑む。

「……!? 父上!?」

昌幸は頭を抱え、畳を踏み鳴らす。

「せっかく下げたくもない頭を下げて、馬まで献上して臣従したというに! なんで死んでしまうかのう! ラインハルトめェェェッッッ!!!!!!!!」

その姿は、先ほどまでの老獪な策士とは別人のようだった。

「父上……」

「わしはなぁ! あの男に懸けたのだぞ! あの覇気、この乱世をまとめ上げる力――あれに賭けたのだ! それが、これでは……!」

昌幸は拳を握りしめ、震わせる。

「わしの立場はどうなる!?」

信幸は一歩踏み出し、必死に言葉を繋ぐ。

「父上! まさか帝国に反旗を翻すおつもりですか!?」

昌幸は答えない。沈黙が落ちる。

「今、帝国を敵に回すのは得策ではありません!」

「……だがのう」

ようやく絞り出された声は、重く沈んでいた。

「ラインハルトの死が伝われば、宇宙各地で雌伏していたヴィランどもが一斉に立ち上がるであろう」

その目は、遠く見えぬ銀河を見据えている。

「主を失ったローエングラム王朝に、果たしてそれが抑えられるか……?」

信幸は、答えを求めるように父を見つめる。

「では、どうなさるのです!? 父上の本心をお聞かせください!」

昌幸はゆっくりと振り返る。

「儂の本心か……」

一瞬の静寂。

そして――

「全くわからん!!」

「ええっ!?」

信幸の声が裏返る。

昌幸は大の字に近い格好で腕を広げ、天井を仰いだ。

「遼三郎! どうすればよいのだ!? どうすればいいのか、この父に教えてくれ!」

その声は、戦場で幾多の修羅場をくぐってきた男とは思えぬほど、切実で、そして滑稽ですらあった。

「教えてくれー!!」

叫びは、静まり返った山城の奥へと虚しく響き渡る。

その日――
信濃の老獪なる梟雄は、銀河の動乱の只中で、かつてないほどの迷いに囚われていた。
そして光と闇の最終戦争(ハルマゲドン)の足音は、刻一刻と近づいているのであった…。