――そして、物語は静かに時代の流れの中へと溶けていく。
鎌倉尼五山第二位・東慶寺。
ここに一人の尼僧がいた。
かつて「奈阿姫」と呼ばれた少女は、やがて出家し、「天秀尼」と名乗るようになる。
その生涯は、決して平穏なものではなかった。
会津騒動――加藤明成改易事件において、彼女はその存在感を鮮烈に示す。
暴君と恐れられた明成によって理不尽にも処刑された重臣・堀主水。その妻を、天秀尼は東慶寺の中で保護し、追手の手から匿い抜いたのである。
それは単なる慈悲ではない。
弱き者を守るという、強い意志の現れであった。
また、武芸の修行を積み、家康より葵の御紋があしらわれた袈裟を賜り、世直しのため柳生十兵衛と共に諸国を旅し、蔓延る悪を成敗したとも伝わるが、これは俗説に過ぎない。
さらに彼女の身には、常人とは異なる宿命があった。
“常世の蟲”に力を与えられたことで得た、不老不死にも等しい長寿。
時は流れ、幾つもの世代が移り変わる。
やがて――八代将軍 徳川吉宗 の時代。
天秀尼は江戸へと迎えられ、自ら幕府への協力を申し出る。
そして与えられた役職は――従二位・別格老中・蟲奉行。
それは、江戸に跋扈する異形――巨大蟲と対峙するための特命職であった。
彼女は、月島仁兵衛 ら信頼する配下と共に、見えざる脅威に立ち向かっていく。
だが、その戦いの詳細は――
また別の物語で語られるべきであろう。
一方。
宇宙へと旅立った豊臣国松。
彼のその後については、確かな記録は残されていない。
ただ一説には――
豊後国立石藩初代藩主・月野延政の跡を継いだ二代藩主、月野延吉。
その正体こそが、成長した国松であったとも囁かれている。
だが、それもまた確証なき伝承のひとつに過ぎない。
歴史とは、語られるものと、語られぬものとで成り立つ。
表に残る記録の裏側で、
誰にも知られることなく消えていった想いと選択がある。
徳川の世は続き、泰平の時代は訪れた。
その礎の一部に、
名もなき者たちの決断と、秘められた慈悲があったことを――
どれほどの人間が知っているだろうか。
すべては、歴史の彼方へ。
そして物語は、静かに幕を閉じる。
<完>
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