薩摩国――鹿児島湾沖の静かな海岸。

 夕暮れが近づき、空は茜色に染まりつつあった。穏やかな波の向こうには、堂々たる姿でそびえる桜島。その山影は、まるで燃え尽きた時代の記憶を抱えたまま、沈黙しているかのようだった。

 その砂浜に、一人の男が腰を下ろしていた。

 簡素な衣をまとい、筆を手に、無心に絵を描いている。

 名を――浮田早春という。

 かつて天下の中心にいた男の面影は、今やどこにもない。ただ一介の絵師として、静かに日々を過ごしていた。

 

 背後から、静かな足音が近づく。

 

 月信尼「早春殿、まだそこにおられたのですか?」

 

 振り返る早春。

 

 早春「これは母上」

 

 そこに立っていたのは、質素な尼衣に身を包んだ老尼――月信尼であった。その眼差しには、どこか深い慈愛と、言い尽くせぬ哀しみが宿っている。

 

 月信尼「もうじき日も暮れます。そろそろ庵に戻りませぬと……」

 

 空を見上げれば、確かに日が傾き始めていた。

 

 だが、早春は首を横に振る。

 

 早春「今よいところなのです。あともう少し……」

 

 その声は、どこか子供のような頑固さを含んでいた。

 

 月信尼は小さくため息をつく。

 しかし、それ以上は何も言わなかった。

 

 ――その時だった。

 

 空気を震わせるような轟音が、頭上から降り注ぐ。

 

 月信尼「……!」

 早春「……何事だ?」

 

 二人が見上げた空から、巨大な鋼の影が降りてくる。

 

 それは――グレートマジンガー。

 

 機体は砂浜に着地し、砂煙を巻き上げた。

 やがてコクピットが開き、一人の男が飛び降りてくる。

 

 剣鉄也であった。

 

 地球夏の陣の戦乱の中で命を落としたはずの男。

 しかし今、確かにここに立っている。

 

 鉄也「殿、吉報にございます!」

 

 思わず声を張り上げる鉄也。

 

 早春は眉をひそめる。

 

 早春「こら、殿はよさんか。もう私は一介の名もない絵師、浮田早春だ」

 

 鉄也「……こ、これは失礼を💦」

 

 頭をかく鉄也に、月信尼が静かに問いかける。

 

 月信尼「それで鉄也殿、吉報とは?」

 

 鉄也は姿勢を正し、真剣な面持ちで告げた。

 

 鉄也「ハッ、鹿児島の島津公の下に江戸表から届いた報せによれば――」

 一呼吸置く。

 

 鉄也「国松君、無事にバーラト星系軍の宇宙船に乗り、ハイネセンへと立たれた模様」

 

 その言葉を聞いた瞬間――

 

 早春は、思わず立ち上がっていた。

 

 早春「それは……まことか!?」

 

 鉄也「はい、間違いございません」

 

 さらに続ける。

 

 鉄也「そして奈阿姫様も、つい先日に鎌倉の東慶寺に無事にお入りになられた由」

 

 その報せは、静かに、しかし確かに二人の胸を打った。

 

 早春は、しばらく言葉を失っていた。

 やがて――

 

 早春「……よかった……」

 

 ぽつりと、こぼれる。

 

 早春「よかった……よかった……」

 

 何度も、何度も繰り返す。

 

 その目から、静かに涙が流れ落ちた。

 

 天下も、栄華も、すべてを失った男。

 だが今この瞬間、彼はただの父であった。

 

 月信尼は、その様子を見つめながら、静かに口を開く。

 

 月信尼「秀……いや、早春殿」

 

 一瞬だけ、かつての名を呼びかけてから、言い直す。

 

 月信尼「国松と奈阿姫の無事は良き報せなれど、分かっているとは思うが……」

 

 その先の言葉は、重かった。

 

 月信尼「もう子供達に二度と会うことは……」

 

 言い切らず、沈黙が落ちる。

 

 潮の音だけが、静かに響いた。

 

 早春は、涙を拭いながら、ゆっくりと頷いた。

 

 早春「それは分かっております、母上……」

 

 その声は穏やかだった。

 

 早春「今更徳川に復讐などする気も、豊臣の天下を取り戻すつもりもない」

 

 視線を海へ向ける。

 

 遠く、空と海の境を見つめながら――

 

 早春「ただ……今はまず、我が子二人の無事が分かっただけでも」

 

 わずかに、微笑む。

 

 早春「父として、私は嬉しいのです……」

 

 夕日が、三人を照らしていた。

 

 かつて世界を動かした者たちが、今はただ静かに生きている。

 

 戦の炎は消えた。

 だが、その残り火は、こうして人の心の中で静かに揺れている。

 

 桜島の影が、ゆっくりと夜に溶けていった。