博多湾の浜辺から、少し離れた高台。

 松の影に身を潜めるようにして、三つの人影が立っていた。

 空はすでに白み始め、東の彼方から昇る朝日が、海と空の境を淡く照らしている。

 その光の中、一隻の小型宇宙船が静かに浮上していく。

 ゆっくりと、しかし確実に――この地を離れていく。

 

 千姫は、その光景を見つめていた。

 瞬きもせず、ただじっと。

 やがて、宇宙船が空の彼方へと消えゆくその瞬間――

 彼女の膝が、がくりと崩れた。

 

 千姫「……ああ……」

 その場に、崩れ落ちる。

 堪えていたものが、堰を切ったように溢れ出した。

 両手で顔を覆い、声を殺すこともできず、ただ泣いた。

 

 千姫「……よかった……よかった……」

 震える声。

 それは、安堵と、喪失と、そして赦しの入り混じった涙だった。

 

 一文字隼人が、静かに歩み寄る。

 一文字「千姫さま……」

 かける言葉は見つからない。

 ただ、その傍らに立つ。

 

 やがて千姫は、涙に濡れた顔のまま、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、もう先ほどまでの崩れた弱さはなかった。

 代わりに、どこか静かな決意が宿っている。

 

 千姫「隼人正殿……」

 一文字「はっ」

 

 千姫は深く頭を下げた。

 武家の姫としての、正式な礼。

 

 千姫「よいものを……見せてくださりました」

 その声は、まだ震えていたが、はっきりとしていた。

 千姫「この通り、お礼を申します」

 

 一文字はわずかに目を見開き、そして静かに頷く。

 

 千姫「そして――」

 一瞬の間。

 

 千姫「江戸城の父上にも、お伝えください」

 顔を上げる。

 涙の跡を残したまま、それでも凛としていた。

 

 千姫「千は……父の仰せの通りに従い、本多忠刻殿のもとへ嫁ぎます……と」

 

 その言葉は、覚悟そのものだった。

 

 風が吹く。

 朝の冷たい空気が、三人の間を通り抜けていった。

 

 三浦尚之――かつて風見志郎と呼ばれた男は、その様子を黙って見つめていた。

 何も言わない。

 ただ、その決意の重さを、理解しているように。

 

 こうして一つの別れが終わり、そして――新たな道が始まった。

 

 ――その翌日。

 

 京都、六条河原。

 

 乾いた空の下、処刑場には多くの人々が集まっていた。

 見物人たちはざわめきながら、中央に据えられた幼い少年の姿を見つめている。

 

 ――豊臣国松。

 

 だが、それは本物ではない。

 リムル・テンペストによって用意された“身代わり”。

 傀儡であった。

 

 しかし、その事実を知る者は、ここにはいない。

 

 群衆の声が、あちこちから漏れ聞こえる。

 

 「……あんな小さな子供まで……」

 「見せしめか……」

 「徳川に逆らえば、こうなるということだ……」

 「……家康様は、なんと恐ろしいお方だ……」

 

 畏怖。

 それが、ゆっくりと民衆の中に広がっていく。

 

 誰も知らない。

 この“処刑”が、ひとつの慈悲の裏返しであることを。

 そして、この冷酷さが、泰平を守るための演出であることを。

 

 人々の視線の先で、刃が振り上げられる。

 

 ――そして、振り下ろされた。

 

 ざわめきが、どよめきへと変わる。

 

 その光景を、群衆の中に紛れて見つめる二人の男がいた。

 

 一文字隼人。

 そして、三浦尚之。

 

 どちらも、何も言わずにその場を見届ける。

 

 やがて、一文字が小さく息を吐いた。

 

 一文字「……天下人とは」

 

 三浦が、静かに続ける。

 

 三浦「……孤独なものだな」

 

 二人の言葉は、誰にも届かない。

 ただ、風の中に溶けていく。

 

 歓声も、恐怖も、噂も――すべてを背負いながら。

 

 それでも時代は、何事もなかったかのように進んでいく。

 

 泰平の世という名の、静かな支の下へと。