数日後――博多湾沖。

 夜の名残をわずかに残した早朝の海は、凪いでいた。水平線の彼方から昇る朝日が、静かな水面を淡く照らしている。

 その静寂を破るように、一隻の小型宇宙船が音もなく降下してきた。

 重力制御によって砂浜すれすれに着地した機体は、まるで風に溶けるようにそこへ留まる。

 やがてハッチが開き、中から数名の武装した兵士たちが降り立った。

 その先頭に立つのは、一人の女性。

 整った顔立ちに鋭い眼差し、軍服を隙なく着こなしたその姿は、ただならぬ気配を放っている。

 カーテローゼ・フォン・クロイツェル・ミンツ――通称カリン。

 銀河帝国バーラト星系自治領(第一ノイエラント)防衛軍大佐。

 そして――ヤン・ヨーステンと名乗る男、すなわちワルター・フォン・シェーンコップの実の娘であった。

 

 浜辺にはすでに数名の人影があった。

 その中央に立つ男が、ゆっくりと片手を上げる。

 ヨーステン「よう、来たか」

 どこか飄々とした声音。

 カリンはその姿を見据え、無言のまま歩み寄る。

 父と娘――久方ぶりの再会。

 しかし、再会の情感に満ちる空気はそこにはなかった。

 

 ヨーステンは肩をすくめるように笑った。

 ヨーステン「久しぶりだな。その後どうだ? ユリアンとはうまくやってるのか? 子供の一人や二人――」

 カリン「……相変わらずね」

 ぴしゃり、と言葉を遮る。

 その表情は明らかに不機嫌だった。

 カリン「たまには便りを寄越せ、という台詞ならまだしも……そういう軽口を叩く余裕があるなら、まず自分のやっていることを省みるべきでは?」

 ヨーステンは一瞬だけ目を細め、すぐに苦笑に変えた。

 ヨーステン「手厳しいな。父親に対する態度じゃないぞ」

 カリン「父親らしいことをしてから言ってください」

 

 短い沈黙。

 波の音だけが、静かに響く。

 

 カリンは一歩踏み出し、周囲を見渡した。

 そして視線は、後方に控えていた一人の少年に止まる。

 まだ幼いが、その立ち居振る舞いには確かな気品があった。

 

 ヨーステン「……まあ、文句はあとでいくらでも聞く。まずは仕事だ」

 カリン「ええ、そのつもりよ」

 

 だが、カリンはもう一度だけ父に向き直る。

 その瞳には、冷ややかな光が宿っていた。

 カリン「それにしても――回りくどいことをするのね」

 ヨーステン「何がだ?」

 カリン「こんな小細工をせずとも、家康が一言“許す”と言えば済む話でしょう?」

 その言葉には、明確な批判が込められていた。

 

 ヨーステンは、ふっと笑う。

 どこか楽しげですらある笑みだった。

 ヨーステン「……政治ってのはな、そんなに単純じゃない」

 カリン「――」

 ヨーステン「お前だって分かってるはずだ。立場、体面、利害……全部が絡み合う。誰か一人の“善意”だけで片付く話じゃないんだよ」

 カリンは何も言い返さなかった。

 ただ、わずかに視線を逸らす。

 理解はしている。だが納得はしていない――そんな沈黙だった。

 

 やがて彼女は、意識を切り替えるように姿勢を正した。

 そして、少年の前へと進み出る。

 

 カリン「――銀河帝国バーラト星系自治領、第一ノイエラント防衛軍所属」

 凛とした声が、朝の浜辺に響く。

 カリン「カーテローゼ・フォン・クロイツェル・ミンツ大佐です」

 一礼。

 その所作は、完璧に洗練されていた。

 

 カリン「豊臣国松君。お迎えに上がりました」

 わずかに柔らかくなる声色。

 だがその中には、責任の重さがはっきりと宿っている。

 カリン「これより、貴殿を謹んで惑星ハイネセンへとお連れ致します」

 

 国松は一歩前へ出る。

 まだ幼いながら、その背筋はまっすぐだった。

 国松「……かたじけない」

 深く頭を下げる。

 国松「よろしくお願い申す」

 

 その姿に、カリンはほんのわずかに目を細めた。

 守るべき存在――その重みを、確かに受け取った瞬間だった。

 

 やがて一行は宇宙船へと乗り込む。

 ハッチが閉じ、静かな駆動音が響く。

 

 機体はゆっくりと浮上し――

 やがて、朝焼けの空へと溶けるように飛び去っていった。

 

 こうして、豊臣国松は――

 徳川の支配の及ばぬ地、惑星ハイネセンへと旅立ったのである。

 その行く先に待つ運命を、まだ誰も知らぬままに。