夜の京都――寺外の林に、戦の余韻だけが残っていた。

 剣戟は止み、怒号も消え、あとは荒い息と、地に伏した者たちのうめき声がわずかに響くばかり。

 その中心で対峙していたのは、蒼影――ソウエイと、毒サソリ男と化した坂崎出羽守であった。

 毒気が立ち込める中、ソウエイの瞳が静かに光る。

 ――究極贈与《月影之王(ツクヨミ)》。

 その権能が解放された瞬間、世界の見え方が変わる。

 時間が引き延ばされ、すべての動きが緩慢になる。

 風の流れ、敵の呼吸、筋肉の収縮、視線の揺らぎ――あらゆる情報が、完全に把握される。

 ソウエイ「……見える」

 毒サソリ男が咆哮し、突進する。

 だがその動きは、もはや止まっているに等しかった。

 ソウエイは一歩踏み出す。

 その瞬間、空間が歪む。

 ――超速行動。

 ――空間操作。

 次の刹那、ソウエイの姿は毒サソリ男の背後にあった。

 毒サソリ男「なっ――」

 振り向くよりも早く、糸が走る。

 無数の粘鋼糸が空間に展開され、幾重にも重なり合う結界を形成する。

 ――多重結界。

 逃げ場はない。

 毒サソリ男は咄嗟に毒ガスを噴き出すが、それすらも結界の内側に封じ込められる。

 ソウエイ「終わりだ」

 静かな宣告。

 次の瞬間――

 一本の糸が、月光のように閃いた。

 ――一撃必殺。

 音もなく、毒サソリ男の動きが止まる。

 その巨体が、ゆっくりと崩れ落ちた。

 

 やがて、異形の外殻が崩れ、剥がれ落ちる。

 現れたのは、満身創痍の人間――坂崎出羽守直盛の姿であった。

 坂崎は膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。

 その目には、もはや狂気ではなく、静かな諦観が宿っていた。

 その時――

 蹄の音が響く。

 静まり返った戦場に、ただ一騎、馬を駆って現れた武士がいた。

 柳生但馬守宗矩。

 宗矩は馬上から状況を見渡し、ゆっくりと坂崎の前で馬を止める。

 宗矩「坂崎殿」

 低く、しかしよく通る声。

 宗矩「ご家中の者たちより、一部始終は聞き及んだ」

 静寂。

 宗矩「……この上は、武士らしく潔く」

 坂崎は目を閉じ、短く息を吐いた。

 坂崎「……分かっておる」

 その声には、もはや迷いはなかった。

 坂崎「この儂とて、武士の端くれよ。いざという時の身の処し方くらい……心得ておる」

 ゆっくりと立ち上がる。

 血に濡れた体でありながら、その姿勢は崩れない。

 坂崎「ただ一つ……頼みがある」

 宗矩「申されよ」

 坂崎「儂の亡き後……家臣たちと、その妻子を……頼む」

 宗矩はわずかに目を伏せ、そして頷いた。

 宗矩「承知した。悪いようにはせん」

 その言葉を聞き、坂崎は小さく笑った。

 坂崎「……かたじけない」

 

 坂崎は地に正座し、短刀を取り出す。

 月明かりが、刃に淡く映る。

 周囲の者たちは、誰一人として言葉を発しなかった。

 ただ、見届ける。

 それが武士への最後の礼であった。

 坂崎は静かに腹に刃を当て――

 そして、迷いなく引いた。

 

 血が流れる。

 だが、その顔に苦悶はない。

 むしろ、どこか安らぎすら浮かんでいた。

 

 やがて――

 その身体が、前のめりに崩れ落ちる。

 

 坂崎出羽守直盛。

 その生涯は、ここに幕を閉じた。

 

 夜風が、静かに吹き抜ける。

 戦は終わった。

 だが、その代償の重さだけが、確かにそこに残されていた。