ジュラ・テンペスト連邦国――首都リムル。
政庁の奥、外部の気配を完全に遮断した一室に、淡い魔光が満ちていた。
床に描かれた精密な魔法陣の中央で、リムルは静かに両手を掲げている。
「……よし」
空間がわずかに歪み、光の粒子が集まるようにして、一人の少年の姿が形を成していった。
年の頃。
背丈。
顔立ち。
それは、誰がどう見ても――国松と見分けがつかない姿だった。
作り上げられたのは、人ではない。
魔力と術式で編み上げられた、完全な傀儡。
続いてリムルは、短い詠唱と共に、下級悪魔を召喚する。
黒い靄のような存在が現れ、傀儡の身体へと静かに溶け込んでいった。
その瞬間、空虚だった瞳に、かすかな意志の光が宿る。
リムルは、傀儡の前に立ち、はっきりと言い聞かせた。
「いいか」
静かな声だった。
「お前の役目は、本物の国松くんの身代わりになって――処刑されることだ」
傀儡は、何も言わない。
ただ、ゆっくりと頷いた。
そこには恐れも、ためらいもない。
命を持たぬ存在に与えられた、ただ一つの使命。
リムルは、その姿をじっと見つめながら、心の中で小さく息を吐いた。
(……これしかない)
本物の国松を救い出す以上、代わりに“表に示される存在”が必要になる。
一度は考えた。
近隣の村で、国松と背格好の似た同年代の子供――すでに病で亡くなった遺体を探し出し、身代わりにするという案も。
だが、どれほどの金を積もうと、どれほど事情を説明しようと、
自分の子供が「処刑された存在として扱われる」ことを受け入れられる親など、いるはずがない。
それは、あまりにも残酷だった。
だからこそ――
(この方法が、一番いい)
誰も傷つけず、誰にも新たな悲しみを背負わせないための、唯一の選択。
リムルは、そっと目を閉じる。
「……これで準備は整ったな」
小さくそう呟くと、視線を窓の外へ向けた。
遠く、夜の森の上に広がるテンペストの灯りが、静かに揺れている。
「あとは……」
独り言のように、名を口にする。
「立石へ使者に立ったディアブロと……」
そして、もう一人。
「ヨーステンと一緒に動いている、ソウエイ……」
ふっと、わずかに微笑んだ。
「上手くやってるかな」
この部屋で進められている策は、誰にも知られてはならない。
だがその裏で、確かに――
一人の幼い命を救うための歯車は、静かに、そして確実に回り始めていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
豊後国・立石城。
山あいに築かれた堅城の本丸御殿は、夜の帳に包まれ、ひどく静まり返っていた。
障子越しに揺れる行灯の灯だけが、広間に張りつめた空気をかすかに照らしている。
上座に座す城主・月野縫殿頭延政は、背筋を正したまま、目の前の男を見据えていた。
諸君は、月野うさぎ/セーラームーンに進悟という名の弟がいたことを覚えておいでだろうか? 延政はその進悟少年が成人した後年の姿である。延政はお家を守るため、地球冬の陣及び夏の陣では苦渋の決断で徳川方につき、姉ネオクィーンセレニティとは敵対する道を選んだ。クリスタルパレス落城、地球連邦滅亡、そして姉の非業の最期の報せを聞き、失意の底にあったが……。
その延政の前で、黒衣に身を包み、静かに微笑を浮かべるその男――
魔国連邦テンペストの最高幹部、ディアブロ。
延政の胸中は、先ほど告げられた一言によって、大きく揺さぶられていた。
「……それは、まことか……?」
掠れた声で、延政は問い返す。
ディアブロは恭しく一礼し、淡々と答えた。
「はい。
豊臣国松君を、処刑から救い出すための極秘計画でございます。
我が主リムル・テンペストは無論のこと、
大御所様は勿論、本多佐渡守殿、そして天海僧正も……この件は承知されておられます」
その名が並べられた瞬間、延政の表情がわずかに強張った。
徳川家康。
本多正信。
そして――天海。
幕府中枢の最奥にいる者たちが、すでに動いている。
延政は、ゆっくりと拳を握りしめた。
「……亡き姉の血を引く忘れ形見だ」
低く、震える声。
「儂にとっても……又甥に当たる。
出来ることならば、助けたいに決まっておる」
一瞬、言葉を切り、深く息を吸う。
助けられる可能性がある――
だが同時に、失敗すれば、すべてを失う。
延政は、視線を畳に落とした。
「……儂は」
言葉が、続かなかった。
助けたい。
だが、藩主として、家を背負う者として、軽々しく踏み出せる話ではない。
その沈黙を破ったのは、傍に控えいた常高院(ちびうさ)だった。
ネオクィーンセレニティの長女スモールレディ。その後男子である弟・秀頼が生まれたことで後継者の座からは外され、キューティーハニーこと如月ハニーの息子である大津城主・早見直慶に嫁ぎ、夫の死後は出家して尼となり常高院を名乗る。地球の陣の戦では、徳川・豊臣双方の和平のために東西を奔走していた。
一歩、前へ出る。
「叔父上」
その声は、震えていなかった。
「何をお迷い召されます!?」
延政は、はっと顔を上げる。
常高院は、まっすぐ延政を見つめていた。
「国松君は……母上の血を引く御方にございます」
ぐっと拳を握りしめる。
「この機を逃してはなりませぬ!」
さらに一歩、詰め寄る。
「叔父上……何卒!」
小さな身体を深く折り、床に手をついて頭を下げた。
「お願い申し上げます」
その姿に、延政の胸が、強く締めつけられた。
「して……儂は、何をすればよいのだ?」
ディアブロの紅い瞳が、静かに細められた。
「無事に救出できた暁には――」
その声は穏やかだが、ひとつも無駄のない重みを帯びていた。
「国松君の身柄を、暫く異国の地でほとぼりが冷ましたのち、御当家にてお引き取り頂きたいのです」
延政は、思わず目を見開く。
「この立石城に……か?」
「はい。豊家と血縁のある御当家こそ、最も適任かと」
そしてディアブロは、少しだけ声を落とす。
「……ほとぼりが冷めるまでの間、
国松君を“御輿”に担ぎ、よからぬ企みを巡らせる者が、必ず現れます」
延政の脳裏に、いやでも浮かぶ。
豊臣の名を利用し、旗印にし、
再び戦乱を起こそうとする者たちの顔が。
「もしそうなれば――」
ディアブロの微笑が、わずかに冷たさを帯びた。
「せっかくお助けした国松君のお命を、今度こそ奪わねばならなくなる……そのような事態にもなりかねません」
ごくり、と。
延政は、喉を鳴らした。
助けることよりも、
助けた後の方が、はるかに重い。
その現実が、胸に突き刺さる。
重苦しい沈黙が、広間を支配した――
その時だった。
すっと、
隣の座敷へと続く襖が、わずかに音を立てて開いた。
誰もいないと思われていた空間から、ひとりの男が、影のように歩み出る。
「――では」
静かな声が、部屋に響いた。
「その“不逞の輩”を排除する役目、私が引き受けよう」
延政は、はっと顔を上げる。
ディアブロは、まるで最初から分かっていたかのように、軽く肩をすくめた。
「フフフ……相変わらず、神出鬼没ですね」
現れた男は、白いスーツやソフト帽に虹色のリボン、ステッキが特徴的な、落ち着いた風貌をしていた。
だが、その眼差しには、尋常ならざる鋭さが宿っている。
「……三浦、尚之……殿?」
延政が、確かめるように名を呼ぶ。
男は、わずかに微笑んだ。
「ご無沙汰しております、縫殿頭殿」
美作勝山藩二万三千石藩主。
そしてかつて――
超力戦隊オーレンジャーの参謀長を務めていた男。
三浦尚之。
「話は全て聞かせていただいた」
そして彼が若き日に名乗っていたもう一つの名こそ、風見志郎――仮面ライダーV3!
ディアブロは、満足そうに両手を組む。
「これで、役者は揃いましたね」
静かな立石城の一室で、
小さな少年ひとりの命を巡る、
誰にも知られぬ戦いが、今まさに動き出そうとしていた。
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