――多元世界暦一六一五年(慶長二十年)五月。

 地球連邦首都マクロスシティは、ついに陥落した。

 クリスタルパレスは炎に包まれ、白く輝いていた尖塔は黒煙の中に呑み込まれていく。
 ネオクィーンセレニティと、その子・豊臣秀頼。

 母子は、自らその最期を選び、地球夏の陣は、あまりにも重い結末とともに幕を閉じた。

 ――ただ一人。

 落城寸前のクリスタルパレスから救い出された者がいた。

 秀頼の正室であり、そして徳川家康の孫でもある千姫である。

 焼け焦げた空を背に、千姫は伏見城の奥御殿に通された。

 その正面には、父・徳川秀忠と、祖父・徳川家康が並んで座している。

 千姫は、畳に崩れ落ちるように膝をつき、声を振り絞った。

「どうか……どうか国松君と奈阿姫の命だけは、お助けくださいませ!!」

 幼い兄妹の顔が、脳裏をよぎる。

 国松。
 奈阿姫。

 まだ戦の意味すら知らぬ子どもたちだった。

 しかし、最初に口を開いたのは秀忠だった。

「それは断じてならん!」

 張り詰めた声が、座敷に響く。

「そもそも、それほどまでに秀頼の子を庇い立てするならば……なぜ、そなたも秀頼と共に自害せなんだ!?」

「……っ……!」

 千姫は言葉を失い、唇を噛み締めた。

 次に、家康が静かに口を開く。

「奈阿姫はな、鎌倉の東慶寺へ入れ、尼とする。
 それで命は助けよう」

 わずかな希望に、千姫の顔が上がる。

 だが、続く言葉は無情だった。

「……じゃが、国松は助けるわけにはいかん。
 お千、これは武門の宿命じゃ」

 その瞬間。

「…………っ!」

 千姫の表情が、崩れた。

「いや……いやです……!」

 声が震え、やがて叫びへと変わる。

「父上も……おじじ様も……鬼じゃァァッッ!!」

 錯乱したように泣き叫ぶ千姫は、侍女たちに両脇を抱えられ、無理やり座敷の外へ連れ出されていった。

「放して……! お願い……国松君を……!」

 声は、廊下の奥へと消えていった。

 残された座敷。

 秀忠は、うつむいたまま、ぽつりと呟いた。

「……許せ、お千……」

 一筋の涙が、頬を伝う。

 家康は、その姿を複雑な表情で見つめ、何も言わずに黙していた。

 ◆

 夜更け。

 人払いされた一室に、家康は二人の側近を呼び寄せていた。

 本多正信。
 そして――天海僧正。

 表向きは徳川幕府の黒衣の宰相。

 だが、その正体は、生き延びていた元自由惑星同盟の名将――
 ヤン・ウェンリーであった。

 家康は、深く息を吐くようにして口を開いた。

「……そなたたちは、甘いと言うであろうが」

 低く、しかし確かな声。

「儂は……国松の命を、助けたい」

 正信は即座に首を振った。

「如何にも甘うござる」

 容赦はなかった。

「平相国(清盛)が、まだ幼いからと源頼朝公と九郎義経の兄弟を助けた結果、
 平家がどうなったか――大御所様もご存じのはず」

「……」

 家康は、しばし黙したまま、灯明の揺らぎを見つめていた。

「儂や徳川を憎む者など、この世にはゴマンとおろう」

 やがて、ぽつりと呟く。

「今さら一人増えたところで、どうということもあるまい」

「大御所様……」

 正信の声が、わずかに揺れた。

 そのとき、天海が静かに進み出た。

「そこまで仰せとあらば――
 拙僧に、ひとつ心当たりがございます」

 家康は、天海を見据える。

「……出来るか?」

「……容易ではございませぬ」

 天海は、正直に答えた。

 正信が鋭く釘を刺す。

「国松殿の命を助けるのみならず、徳川の体面も傷つけてはなりませんぞ?」

「難題でござるな……」

 天海は、静かに目を伏せた。

「暫し、お時間を頂きたい」

 ◆

 その夜。

 天海が密かに訪れたのは、朱印船貿易で巨利を築いた異国商人――

 ヤン・ヨーステンの屋敷であった。

 しかし、その男の正体は。

 かつて「薔薇の騎士」と呼ばれた戦士たちを率いた男――
 ワルター・フォン・シェーンコップである。

 天海の用件を聞き終え、ヨーステンは苦笑した。

「……随分と虫のいい話ですな」

 低く、皮肉を含んだ声。

「国松の命は助けたい。
 だが、徳川の体面は傷つけるな……ですか」

「……そこを、何とかならないか」

 天海は、真正面から頼み込んだ。

 ヨーステンは肩をすくめる。

「牢から救い出すだけなら、私の部下でも出来るでしょう」

 彼の背後には、かつてローゼンリッター連隊に属していた者たちが、いまも密かに集められている。

「だが、問題はその後です」

 彼は、静かに言葉を区切った。

「“処理”です」

 天海は黙って頷いた。

 ヨーステンは、ふっと視線を天井に向ける。

「この厄介な大仕事を任せられるのは……
 宇宙・異世界広しと言えども、ただ一人でしょうな」

 天海の目が、わずかに細くなる。

「……リムル・テンペストか?」

 ジュラ・テンペスト連邦国盟主。
 八大魔王の一角。
 そして、
外様大名ながら家康からも厚い信任を受ける魔王。

 ヨーステンは、ゆっくりと頷いた。

「さすがご名答」

 薄く笑い、

「――早速、当たってみましょう」

 その言葉とともに。

 幼き国松の運命は、静かに、だが確実に、
 “人ならざる存在”の手へと委ねられようとしていた。

(つづく)