※chatGPTで生成した文章に、一部編集を加えております。
 春霞が江戸の空を包むある日、人吉藩主・相良左衛門佐頼房(宗介)が参勤交代の任を終え、国元への帰路に就く日が来た。

 人吉藩江戸上屋敷の門前では、家臣や用人たちが整列し、主君の出発を見送っている。頼房は乗り籠の前で足を止め、己の子らに向き直った。

「夏美、安斗。母さんのことを頼んだぞ」

 その言葉に、少年のような家臣の一人が思わず感極まり、涙声で叫ぶ。

「おたぁ〜ちぃ〜っ!」

 頼房は目尻を軽く下げると、静かに籠に乗り込み、やがて大名行列が粛々と出発した。

 夏美は眼鏡の奥で瞳を細め、その背を見送る。安斗は傍らで小さく首を傾げた。

「毎回思うんだけど、あの籠の中、父さん窮屈じゃないのかな?」

「御府内を出るまでは儀礼だからね。空港までの辛抱よ。どうせ途中で飛行機に乗り換えるんだから」

 ポニーテールを揺らして淡々と返す夏美の声には、どこか鉄火場に慣れた者特有の緊張感があった。

 武家諸法度の定めにより、諸大名の妻子は人質として江戸に残される。正室のかなめと嫡子である安斗は当然として、姫である夏美は本来その限りではない。しかし父・頼房の命により、あえて江戸に残る選択をした。理由はただ一つ、母を守るためである。

 場面は移り、江戸城・西の丸御殿内の御用部屋。

 老中・酒井雅樂頭忠世は、密偵の報告を受けていた。緋色の袴に裃を整え、彼は黙然と報告を聞いていた。

「では、確かに左衛門佐は江戸を発ったのだな?」

「ハッ、間違いございません。相良頼房が羽田から人吉行きの便に搭乗するところを、しかと見届けております」

 隠密は声を潜めながらも確信に満ちた口調で答える。

 しかし雅樂頭の目は疑念の光を帯びていた。

「しかし左衛門佐は容易く油断できる男ではない。あやつは百戦錬磨の軍略家。発ったと見せかけて裏をかく可能性もある」

「恐れながら、今般は違います。飛行機の機内にも別働の者を潜ませておりますゆえ、相良頼房が人吉に向かっていることは動かぬ事実にございます」

「……よい」

 酒井雅樂頭は瞳を細め、口元にわずかに笑みを浮かべた。

「では、念のために今しばらく様子を見た上で……三日後の夜に、決行する」

 その声には、将の決意が宿っていた。

 かくして、江戸の夜を覆う闇の中、公儀の新たなる陰謀が、静かに牙を研ぎ始めていた。


江戸の春は過ぎ、暑さと湿気がじわじわと空気を満たし始めたある日の午後。人吉藩江戸上屋敷の庭には、涼を求めるかのように緩やかな風が吹き抜け、風鈴の音が涼やかに鳴った。

「へぇ~、相変わらず立派な屋敷だねえ、かなめちゃん。あたしだったら掃除するだけで三日で逃げ出すね」

縁側に腰を下ろした赤髪の小柄な女——その名はリナ・インバース。かつて一国を焼き払った伝説の魔導士でありながら、今は気ままな旅人。徳川家康すら畏れた「ドラゴンも跨いで通る(ドラまた)」「盗賊殺し(ロバーズ・キラー)」などの二つ名を持ち「爆炎のリナ」としても名高い彼女が、日傘代わりの帽子をひょいと脱ぎながら、茶を啜っていた。

「そんなこと言って、リナさんの魔法なら庭の掃除ぐらい一瞬でできるじゃないですか」

隣に控えるのは、青い着物に身を包んだかなめ。歳月を経てもなお、その可憐な容姿と凛とした瞳の輝きは衰えることなく、今や一国の藩主の妻としての威厳と、ウィスパードとしての誇りを背負っていた。

「そういう問題じゃないの。雑巾がけとか、草むしりとか、そういうのがイヤなの。……あーでも、あんたのところの家事部隊ってめっちゃ優秀そうだもんね。うちのガウリィも預けたらもうちょっと片付けとか覚えるかなぁ~」

庭の先、池のほとりでは金髪の長身男、ガウリィ・ガブリエフが鯉と睨めっこをしていた。どちらが先に目をそらすか、真剣そのものの表情である。

「ふふっ……。そういえば、近いうちに安斗が元服するんです。将軍家へのお目見えの儀も近くて」

「おお、そりゃめでたい。あのちびっ子がもう元服かぁ……。月日が経つのは早いもんだねぇ。あたしたちが最初に会ったとき、まだ小学生だったっけ?」

「ええ。……あの頃は本当に、毎日が戦場みたいでしたけど」

感慨深げに呟くかなめの目元に、一瞬だけ懐かしさが滲んだ。それを察したように、リナは茶碗を傾けて音を立てた。

そのとき——。

「失礼します、奥方様……」

庭の門から現れたのは、がっしりとした体格に和装を着崩した男、セオドア・ラストベルト——通称テディ。元ヤン&ハンター警備会社の用心棒にして、今は人吉藩の藩士として藩邸警護を担っている。米軍仕込みの鋭い目が、辺りを一瞥してからかなめに向けられた。

「どうしたの、テディくん?」

「情報網によれば、どうやら今夜……公儀の方で動きがあるようです。詳しい人数や時刻までは不明ですが、例の老中どもの指示が下ったとのこと」

かなめは一瞬だけ視線を落とし、それから静かに息を吸った。

「……わかりました。準備しておいて」

「ハッ」

テディが一礼して下がろうとしたとき、その背中越しにリナが茶碗を置きながら口を開いた。

「ねぇ、ねぇ、今夜って何か面白いことでもあるの? なんなら、あたしも一枚噛もうか?」

その顔には明らかに「退屈してたんだよね~」という好奇心が満ちていた。

かなめは微笑みながら首を横に振った。

「いいえ、リナさんたちに迷惑はかけられませんから、手出しは無用です。……よろしければ、見物でもしていってください」

「見物、ねぇ? それがいちばん危ないってこと、あんた分かって言ってるでしょ」

「もちろん」

二人の視線が交差する。静かだが、火花のような気迫が見えた。

「ま、いいや。あたしらは縁側からスナックでも齧りながら眺めることにするよ。ガウリィ~、夜はバーベキューだってよ~!」

「えっ、本当か!? 鯉も焼いていいのかー!?」

「ダメよ!!」

ふたりの声が庭に響いたとき、かなめの笑顔がふっと緩んだ。

今宵、江戸の闇が蠢く——だが、その前に、仲間たちの笑い声がこの屋敷を包んでいた。


つづく。